大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和28年(行)17号 判決 1956年4月16日

原告 奥谷市郎

被告 碧南市議会

主文

被告が昭和二十八年八月二十九日なした原告を除名する旨の議決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として(一)原告は被告議会の議員で且つ議長であつたが、被告は昭和二十八年八月二十九日再会の第七回碧南市緊急臨時市議会において、同月十六日の右緊急臨時市議会(以下本件市議会という)における原告の言動に碧南市議会々議規則第一条、第三十四条、第八十九条及び地方自治法第百三十二条に違背する所為があつたとして原告を除名する懲罰議決をした。(二)しかし右懲罰議決は次の理由により違法であるから取消さるべきである。すなわち(イ)原告は昭和二十八年八月十四日所用で上京し翌々十六日午後二時頃帰郷したのであるが勿論上京前本件市議会招集の通知を受領せず帰郷後始めて右市議会の開会を知り急拠議場に馳せつけたときは既に同日の議事日程は終了し議長がその旨宣告した直後であつた。かようなわけで原告は本件市議会定刻午前九時までに参集できなかつたのであるから右規則第一条に違反したことにはならない。次に本件市議会に付議提案された「公金の不正使用について」(第二十九号議案)は中村碧南市長派の議員が原告にかゝる不正行為ありとしその責任を追及する内容のものであつたから原告は身の潔白を弁明すべく同市長に質問するため議長の発言許可を得て市長に登壇を求めたけれども応じられなかつたので再三登壇を促す発言をしたのである。従つて右発言は議題外にわたるものではないし又その間原告は自己の言動に留意し議員としての礼節を十二分に尽くしているから右規則第三十四条、第八十九条及び地方自治法第百三十二条に該当する如き懲罰事犯はしていない。(ロ)仮りに原告に多少遺憾の言動があつたとしても原告は本件市議会開会前いかにも原告に不正行為があるように市中に流布されるに至つたことに対する道義的責任を感じ、右市議会開会当日議会に議長辞任届を提出しておつたのであるから被告は原告のこの心情を参酌すべきに拘らず、これをなさず却て本件市議会において議長の不信任決議をなし、しかも一度も懲罰特別委員会に原告を呼出しその弁明を聞く措置すら採らず全く一方的に除名を議決しているのであつて被告のかゝる態度に本件懲罰事犯としての内容を合わせ考慮すると、原告にとり死刑にも匹敵すべき除名処分は余りにも苛酷不当である、と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張(一)の事実及び原告が本件市議会に出席したときが原告主張どおりであることは認めるが、右除名議決は次の懲罰事犯に基くから正当である。

すなわち(一)原告は本件市議会招集の通知を受けながら定刻までに参集しなかつた(碧南市議会会議規則第一条)、(二)原告は議長の許可を得て発言したと主張するが、実際はそうではなく議長より議題外であるとして発言を制止されたにも拘らずこれを聞き入れず、そこでさらに議長が原告の発言の当否につき議会に諮ろうとしても傍若無人に異常な大声で暴言を連発してこれを妨害し、その結果議場を混乱に陥し入れた。かかる所為は著るしく議会の権威を毀損したものというべきであるから右規則第三十四条、第八十九条及び地方自治法第三十二条に明らかに該当する。(三)原告は懲罰委員会において全然弁明の機会を与えられなかつたことの不当を鳴らすが、除名処分であるからといつて被懲罰者を懲罰特別委員会に呼出しその意見弁明をきかなければならないということなきは固よりであり、しかも原告は勝手に昭和二十八年八月二十九日の市議会及び懲罰特別委員会に出頭せず自ら弁明の機会を放棄したものであるのみならず本件除名議決は殆ど満場一致で可決されていることに徴しても前記懲罰事犯が市長議長及びその他の議員に挑戦する許すべからざる重大なものであるといえるから決して不当ではない、と述べた。(証拠省略)

理由

被告が昭和二十八年八月二十九日再会の第七回碧南市緊急臨時市議会において、本件市議会における原告の言動に碧南市議会会議規則第一条、第三十四条、第八十九条及び地方自治法第百三十二条に違背する所為があるとして議員である原告を除名する旨の懲罰議決をしたことは当事者間に争なく成立に争のない乙第三、四号証によれば被告が右懲罰事犯に該当するとした点は(イ)原告は上京を理由に、本件市議会開会の事実を知りながら右開会定刻までに議場に参集しなかつた(右規則第一条違背)(ロ)原告は本件市議会において、議題外として議長より発言を制止されたのに拘らずこれに従わなかつた(右規則第三十四条違背)(ハ)原告は、議長が原告の右発言の許否につき議場に諮ろうとしたのを拒否し以て議事を妨害した(右規則第八十九条違背)(ニ)原告は本件市議会において、「臨時議会は第一に公金用途不明横領これは何人を指してこの議題が上程されたか恐らくは全国にこういう議題を臨時議会に提案したことは碧南市であると思います」「若し御登壇なければ中村市長は市民の前にあらゆる逆宣伝嘘を云つたものと思います」「杉浦議長君も良心があるならば云々」「そういう卑怯なる行動男らしからざる行動によつてやりたくない」等の無礼な言葉を使用した(地方自治法第百三十二条違背)ことであることが看取できる。

そこで本件市議会において原告に右懲罰事由に該当する違法な所為があつたかどうかを考察するに、原告本人尋問の結果により認められるように原告は昭和二十八年八月十四日上京し翌々十六日午後二時頃帰郷したのであるが、さらに成立に争のない乙第一、二号証の各二の記載証人杉浦敏一の証言を綜合すれば原告は右上京前に本件市議会招集の事実を知つていたことが認められ、原告本人尋問の結果中「招集の事実は知らなかつた」旨の供述部分は措信できず他に右認定を左右すべき証拠はない。しこうして原告が本件市議会当日遅参し、議長が同日の議事日程終了の宣言をした直前たる午後二時過ぎ頃になつて議場に入り自席(十四番)についたことは乙第三号証の記載及び弁論の全趣旨とにより認定できるところ、これに対し原告は右遅参の理由として前叙のとおり同月十四日所用で上京し十六日午後二時頃帰郷したからであると弁疏するけれどもおよそ議員は正当な理由のない限り(単に他に用件があつたというだけでは足りない)招集をうけた日時までに議場に参集すべき義務の存することは当然であり、本件においては別段右正当理由の存在を肯認するに足る証拠がないから原告は右規則第一条に違背したものといわなければならない。

次に乙第三号証及び証人国松康治、村松幸雄、榊原繁の各証言を綜合すると(一)原告は議長より原告の発言が議題外であるとして再三制止されたのにこれに聴従せず発言を続けていること(二)議長が原告の発言の許否につき議場に諮ろうとしたけれどもその余裕を与えず原告は引続いて発言を続行し結局右諮問に対する議決が得られなかつたこと(三)原告が発言冒頭に(イ)「臨時議会は第一に公金用途不明横領これは何人を指してこの議題が上程されたか恐らく全国にこういう議題を臨時議会に提案したことは碧南市であると思う」旨、又議長より発言を制止されたのに拘らず市長に質問するためその登壇を促すべく(ロ)「若し御登壇がなければ中村市長は市民の前にあらゆる逆宣伝嘘を云つたものと思います」、さらに森賢治議員についての発言中に(ハ)「杉浦議長君も良心があるならば云々」(ニ)「そういう卑怯なる行動男らしからざる行動によつてやりたくない」との言葉を使用していること及び原告の右言動は、議長の日程終了宣言後にされているとはいえ、その後議長の散会宣言により閉会するに至るまで十分を出でない間にしかも議長議員いずれも定席におり多数傍聴人環視のなかでなされていることが認められる。果して然らば右認定の原告の言動中(一)は前叙規則第三十四条、(二)は同規則第八十九条にそれぞれ違背するものであり、しこうして(三)(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の言葉のうち(ロ)は市長の登壇を強いて求めるために発せられた言葉であるが市長の登壇は議長の意思にかゝるものであるのにこれを無視し(かりに忘失したにせよ)登壇しなければ「あらゆる逆宣伝嘘を言つたものと思う」旨の発言は発言の目的遂行上の方法としてもその程度を超え議員の品位に悖るものというべく又(二)は森議員に対する侮辱的言辞であつて右二個の言葉はいずれも地方自治法第百三十二条にいわゆる無礼な言葉に該当すると考えられるが(イ)は本件市議会に後記認定の如き二十九号議案「公金の不正使用について」が提案された事実に対する原告の批判的言辞であり右議案の審議上不必要な発言ではあるけれどもこの程度の趣旨の発言は議員とし許されて然るべきものと考えられるし(ハ)は挑発的言辞で穏当を欠くけれども使用文言に格別不当な点はないからこれだけで無礼な言葉と解することはできないし且つ乙第三号証には右発言に続く文言は聴取不能のためその記載が脱漏しまた同号証によつて窺われる右発言前後の事情によつてもその意味は把握し難い。よつて被告が(ロ)(ニ)を無礼な言葉と認定したことは一応正当であるが(イ)(ハ)を無礼な言葉として原告の懲罰事犯のうちに包含させたことは失当に帰する。

そこで進んで右認定の懲罰事犯に対する懲罰として原告を除名したことが正当か否かを判断するためにはさらに右懲罰事犯発生当時の事情を勘案しなければならないからこの点について検討を加えながら本件除名処分の正当なりや否やを考察するに、原告に本件市議会に遅参したことの義務違背のあつたことは前認定のとおりであるけれども乙第一、二号証の各二、及び証人国松康治、杉浦敏一の各証言を綜合すれば原告は、上京のため本件市議会に欠席するかも知れない旨同日開議時刻までに杉浦副議長に届出で且つ同議長は開会前これを了知しており又証人石川祥一、杉浦政七の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると原告は真実上京し同日午後二時頃帰郷するや直ちに議場に馳せ参じていることが認められるのである。次に爾余の懲罰事犯についてであるが、先ず本件市議会が開会されるに至つた事情をみるに乙第三号証及び証人三島幸平の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると碧南市は昭和二十三年四月市制施行後、合併後の経過的措置として、予算に合併前の各町村(地区)に割当交付される地区連絡費(各地区存置の施設の整備拡充等に支弁される)と称する費目を計上していたのであるがこれがため各地区選出の議員は右地区連絡費の争奪ないし支払受領の速さを競い或いは施設の整備に急なるの余り地区連絡費の交付をまたずその割当を予想し地区調達の金で立替え右施設工事を始めるという傾向を招きしかも議員が地区連絡委員ないし委員長として該工事ひいては市政の執行に関与していたことが市政運用上支障を醸し一個の問題となつていたこと、ところで本件市議会は議員神谷源太郎、森賢治の請求によりその提案にかゝる「公金の不正使用について」「市政刷新について」の事項を付議するため招集された緊急臨時市議会であつてその目的とするところは被告議会の議長であり新川区連絡委員長を兼ねていた原告に、昭和二十七年八月以降において正当な領収書等添付すべき書類もなく或いは右地位を濫用し市当局より地区連絡費名義で総額金二百十一万五千円に上る公金を不正に受領した疑いがあるほかその使途についても、不審な点があるとしてその責任を追及するとともに当時原告が中村市長に公金横領の被疑事実ありとしてこれを告訴し、これに対し同市長もまた原告を叙上の事実を理由に告訴するという事態を招き市民に関心を与えていたのでこの問題をも論議して責任の所在を明らかにし併せてこれを契機に市政を刷新しその公正な運用を企図しようとするにあつたことが看取でき、さらに本件懲罰事犯が発生したときの事情をみるに前顕乙第三号証及び証人榊原繁の証言を綜合すると、原告が本件市議会に馳せ参じたとき午後二時を少し過ぎた頃で副議長選挙の投票結果を整理中のときであつたが、杉浦議長が右票決の結果を発表し直ちに日程終了の旨を宣するやすかさず原告は「本日の臨時議会につきまして私の得心の行かない会議の通知を受けましたから一応御質問を申上げたい、いかがですか」と発言して同議長の許可を得、次いで「議長の御許しを得まして本日の臨時議会は第一に公金用途不明横領これは何人を指してこの議題が上程されたか恐らく全国にこういう議題を臨時議会に提案したことは碧南市であると思います果して公金横領とか或いは用途不明ということは誰がやつたんでしようこの点中村市長に御質問いたします……」と発言したところ同議長より再三議題外として発言を制止されたがこれに対し原告は議題外ではないとして右発言制止の不当を責め或いは議長が議場に諮ろうとしても議場に諮る問題ではないとてあくまでも市長を登壇させようとして議長と激しい応しゆうを交わしたため傍聴席から野次が飛び又森賢治等一部議員より原告の態度を非難するような発言が加わるや興奮のあまり森議員を誹謗する前認定の如き内容の発言をなすに至つたものであることが認められるのであるが、さきに認定した状況下において原告が中村市長に質問を発しその答弁を求めようとすることは心情において無理からぬところと思料される一方、乙第三号証及び証人国松康治、磯貝寅之助、杉浦政七、石川祥一、杉浦敏一の各証言を綜合すると原告は八月十四日上京前に国松事務局長に対し議長辞任届を交付して居り杉浦議長は本件市議会開会前に右辞任届を受理しておつたにも拘らず幹部の一部議員にこのことを告げたに止まり議場(午前の)においてこれを報告することなく、二十九号議案「公金の不正使用について」の審議を始めたが、代表者の右提案理由、森議員の監査結果の報告に次いで市当局側の説明が終るや森議員より原告に対する議長不信任の緊急動議が提案されたのでこゝにおいて、右動議を採択可決していることが認められるのであるがこのような議事運営が果して妥当であつたかは、頗る疑問であるばかりでなくさきに認定したところにより窺えるように杉浦議長は、二十九号議案に関聯する限り原告の発言を飽くまでもさせないという考えであつたならば、既に議事日程の終了を宣言している以上寧ろ直ちに散会を命ずるのが相当とも考えられるのである。しかも乙第三号証によれば、原告と杉浦議長とが原告の発言が議題外であるないということで議論を交えていたとき磯貝議員は休憩を求め原告も亦休憩を希望する旨発言していることが認められるが、これに前叙認定の如き二十九号議案の内容自体を参酌しても休憩の上原告に対し相当の措置を考慮してやることも或いは他議員の従つてまた議会全体の意向に適う方法ではなかつたかと想像されないではない。このように考えてくると杉浦議長の議事運営上の措置にも適切を欠く憾みがありこれが原告の懲罰事犯を発生ないし増大させた一因ともなつているように見受けられるばかりでなくもともと議会運営を円滑ならしめるための権能である懲罰権の本質上議場外の言動を以て懲罰事由となし得ないことは当然であつて、本件において原告に対する懲罰事由中には直接前記公金二百余万円の不当受領又は不正使用の点は挙示されていないけれども証人神谷源太郎、森賢治、杉浦政七、石川茂助、国松康治の各証言及び弁論の全趣旨を綜合すると原告を除名するに際し、多分にこの点が参酌されその責任を追及する意味が含まれており、そのためにこそ懲罰委員会においても原告に敢て弁明の機会をも与えなかつたことが推認せられる。

以上諸般の事情を考察するならばさきに認定した懲罰事犯がたとい懲罰に値するとしてもこれを以つて直に原告を除名処分に付することはその事犯のすべてを併せても甚だしく客観的妥当性を欠く過酷のものであり、結局本件除名議決は地方自治法第百三十五条に規定する懲罰の種類についての選択を著しく誤つた違法があるというべきである。しかしてかゝる限界を超えた違法な行政処分が裁判所において取消訴訟の対象となり得ることは当然というべきである。

よつて原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 木戸和喜男 和田嘉子 山内茂克)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例